座禅会・霊園のお問い合せ
慧然寺 都心で見つける静かな空間。門前仲町・座禅会・霊園

「公案」語録

隻手音声(せきしゅのおんじょう)・・・・白隠創始

両掌(りょうしょう)相い打って音声あり、隻手に何の音声ある。

「両手を打ち合わせれば音がする。では、片手ではどんな音がするのか」。

白隠慧蔓(はくいんえかく)が創始した有名な公案です。

「両手を打った音」とはまさにそれだ。自己と対象が一体とならなければ妙音は出ない。「片手の音」とは、まだ自己と対象が一体になっていない、本来の自己を見失ったままの状態です。思慮分別を捨て、“本来の自己”を究明することから禅の修業が始まる。

趙州無字(じょうしゅうむじ)・・・・「無門関」第一則

趙州和尚、因みに僧問う、「狗子(くし)に還(かえ)って仏性有りや也(ま)た無しや」。州云(いわ)く、「無」

唐代末期の禅僧趙州に、ある僧が聞いた。「犬にも仏性がありますか」。趙州は答えた「無」。

修行僧が仏性の「ある、なし」や虚無の「無」にこだわれば、どう工夫してもこの公案は透過できない。師家は「無」の一字が禅の基本である“真空無相(自我を捨てる。本来無一物)”そのものであることを示唆する。「ある、なし」ではなく、絶対的な「無」である。修行僧は四六時中「無」と格闘するうち、やがて三昧の境地に入ってくる。外部の物音も動きも気にならず、自分の内部の妄想も消え果て、真空無相の静寂が訪れる。“禅定”である。無門慧開のいう内外打成一片(ないげだじょういっぺん)の境地。自己と対象の「無」字が一体となっている。そして、なにかのきっかけで「無」が爆発したとき、悟りが開けると無門は教えている。

南泉斬猫(なんせんざんみょう)・・・・「無門関」第一四則

南泉和尚、東西両堂の猫児(びょうじ)を争うに因って、泉、乃(すなわ)ち提起して云く、「大衆(だいしゅ)、道(い)い得(う)れば、便(すなわ)ち斬却(ざんぎゃく)せん」。衆、対(こた)うるなし。泉、遂に之れを斬る。晩に趙州(じょうしゅう)、外より帰る。泉、州に前話を挙示(こじ)す。州、乃ち屨(くつ)を脱いで、頭上に安(やすん)じて出(い)ず。泉、云く、「子若(しも)しあらば、乃ち猫児を救い得たらんに」。

唐代の禅僧南泉は、馬祖道一(ばそどういつ)門下の三大士といわれた。その南泉の禅院で、東西両堂の修行僧たちが一匹の猫をめぐって争っていた。南泉は猫をつかみあげていった。「たったいま、みなが道にかなうことをいえれば猫を斬らない。いねなければ斬る」。だれも答えられない。南泉はやむなく猫を斬った。その晩、高弟の趙州は、はいていた草履を脱ぐと頭にのせて出ていった。南泉はいった。「お前さんがいたら、猫を斬らずにすんだのに」。この公案は、悟りを得て日常生活に戻ったとき、その悟りが活かせるかどうか、悟後の修行の大切さを体得させるためのものだ。あらゆる執着を捨て、“本来無一物”の自由な境地を悟っても、日常は猫一匹の争いに満ちている。師の南泉が猫を斬ったのはなぜか。不殺生戒を破ることになるとは、当然知ってのことだった。「猫」はだれなのか。また「猫」とは何なのか。南泉は命がけで弟子たちに〈道〉を問い、弟子たちはこの切所(せっしょ)で分別にとらわれて真空無相(しんくうむそう)とはゆかず、即答できなかった。しかし趙州はさすがに悟後の修行にすぐれ、師の剣の下で、とっさに無心のまま汚れた草履を頭にのせて出ていった。行為の意味ではなく、無心で状況と一体化する“禅機”が大切だ。